大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6430号 判決 1982年1月26日

原告

故佐藤栄一遺言執行者

小室貴司

被告

株主会社田島屋百貨店

右代表者

佐藤義一

右訴訟代理人

土山譲

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(原告)

一  被告は、原告に対し、その営業時間内の何時にても、

1 被告の別紙計算書類等目録記載の書類を閲覧させ、又はその謄本を交付せよ。

2 被告の株主名簿を閲覧又は謄写させよ。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

(被告)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二  当事者の主張

(請求原因)

一  被告は、資本金三〇〇万円、発行済株式総数六〇〇〇株の株式会社である。

二  故佐藤栄一は、被告の株式二二〇〇株を所有していた。

三  故佐藤栄一は、昭和五五年二月二八日、遺言公正証書を作成して、被告の株式二二〇〇株のうち、一一〇〇株をその妻佐藤静子に、一一〇〇株をその三男佐藤光美に相続させる旨の遺言をするとともに、その遺言執行者に原告を指名した。

四  その後、佐藤栄一が昭和五六年一月五日死亡したので、原告は、右遺言執行者に就任を承諾した。

五  よつて、原告は、故佐藤栄一の相続財産の範囲を確定するとともに遺言の趣旨に従つた株主名義等の移転の準備のため、故佐藤栄一の遺言の遺言執行者、すなわち相続人の代理人として、故佐藤栄一の相続財産である被告の株式に基づき、商法二六三条二項及び二八二条二項の規定により、被告に対し、別紙計算書類等目録記載の書類閲覧又はその謄本交付(以下「計算書類等の閲覧等」という。)と被告の株主名簿の閲覧又は騰写(以下「株主名簿の閲覧等」という。)を請求する。

(認否)

二項の事実は否認し、その余の各項の事実は認める。

理由

一被告が資本金三〇〇万円、発行済株式総数六〇〇〇株の株式会社であること、故佐藤栄一が、昭和五五年二月二八日、遺言公正証書を作成して、その所有する被告の株式二二〇〇株のうち、一一〇〇株をその妻佐藤静子に、一一〇〇株をその三男佐藤光美に相続させる旨の遺言をするとともに、その遺言執行者に原告を指名したこと、その後、故佐藤栄一が昭和五六年一月五日死亡したので、原告が右遺言執行者に就任を承諾したことは、当事者間に争いがない。

二ところで、前記当事者間に争いのない事実のように、遺言でもつて、特定の財産をあげて相続人間の遺言分配を具体的に指示し、それと併せて遺言執行者を指定した場合には、遺言執行者に右遺言内容の実現、すなわち、当該相続人への特定遺産の帰属を委ねたものと解され、その結果、右当該相続人への特定遺産の帰属という遺言内容の実現に必要な範囲内において、右遺言執行者は相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民法一〇一二条一項)のに対し、相続人は相続財産の処分その他遺言の執行を妨げるべき行為をすることができなくなる(民法一〇一三条)と解するのが相当である。

そこで、本件においては、原告の計算書類等の閲覧等や株主名簿の閲覧等の請求が故佐藤栄一の右遺言内容の執行として必要な行為といえるかが問題となるが、株主の計算書類等の閲覧等請求権(商法二八二条二項)や株主名簿の閲覧等請求権(商法二六三条二項)は、株式会社の共同所有者たる株主が経営に参与することを目的としたいわゆる共益権であつて、直接には株主の利益保護を、間接には会社の機関を監視することにより会社の利益保護を目的として認められた権利であること、これらの権利は、故佐藤栄一が被告の株式を所有していたことを前提として、遺産分割前は被告の株式の共同所有者である故佐藤栄一の相続人が商法二〇三条二項の規定に基づき指定した権利行使者において、遺産分割後は当該被告の株式の帰属者である佐藤静子又は佐藤光美においてそれぞれ行使されるべきであつて、いずれにしても遺言執行者たる原告にこれらの権利行使を認めなければならない必要性はないことを考えると、原告の遺言執行者としてのこれらの権利行使は、特定遺産たる被告の株式の佐藤静子や佐藤光美への帰属という故佐藤栄一の右遺言内容の執行として必要なものとはいえない、と解するのが相当である。

したがつて、本件において、遺言執行者たる原告は、商法二六三条二項及び二八二条二項の各規定にいう株主には含まれないことになるので、本訴の原告適格を有しないといわなければならない。

なお、原告は、遺言執行者が相続人の代理人の地位にある(民法一〇一五条)ことをもつて、本訴請求の理由の一つとして主張しているものと解されるところ、同条の趣旨は、遺言執行の範囲において遺言執行者の行為の効力が相続人に及ぶことを規定したにすぎないと解されるので、同条の規定をもつて相続人の有する被告の株主権を遺言執行者たる原告が代理行使することを認める理由とはならない、というべきである。

三以上のとおり、本件訴えは、原告にその遺言執行者として訴えを提起する当事者適格がないので、これを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (井上弘幸)

計算書類等目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例